体験談(9)

――――0才―――――

・妊娠23週の時、前置胎盤で出血があり、緊急入院
・妊娠30週6日、再度出血し、緊急帝王切開にて出産
2012年9月下旬、出生体重1094g、身長38.0cm

 

・2012年12月上旬2400gで順天堂NICUを退院する。
酸素持ち帰りなし、栄養チューブ無しで退院。

 

・退院後、吸う力が弱く、搾乳した母乳を哺乳瓶で飲ませる。
徐々に吸う力が付き、母乳を直に飲めるようになる。
しかし、眠ってばかりいて、あまり泣かない。
自分からお腹がすいて欲しがることが無く、時間を見て与えている状態。

 

・2013年3月

フォローアップ外来にて、体重増加が悪いためミルクを足すように指示を受けるが、ミルクを飲ませようとしても少量しか飲まない。
体重4,100g

 

・2013年5月

風邪から肺炎をおこし、入院
入院中、ほとんど母乳を飲む元気が無い。この頃から母乳の出が悪くなる。
ミルクの種類や調乳温度、哺乳瓶を色々変えて試してみるが、飲んでもごく少量しか飲まない。

・2013年6月

離乳食を開始する。つぶしがゆ、ペースト状の物、10サジ程度食べるようになる。
ミルクを一日に何とか頑張って600ml前後、飲ませている。
このころから日常的に咳が多くなる。喘息気味と診断される。

 

・2013年7月

ミルクを飲む時の拒否の仕方が大きくなる。飲ませた後に噴水のように吐くことがある。
何とか1日に400mlから500ml飲ませる。夜間寝ている間に無意識に飲ませる方が良く飲む時がある。経管栄養チューブの話が出る。

・2013年8月

姉4才の手足口病がうつる。口の中が痛いためか、全く飲まなくなり、点滴入院をする。
手足口病が治った後、継続入院をし、経管栄養チューブを開始する。
この時、体重5,800g
胃への栄養チューブを始めた当初は、まず口から哺乳瓶で出来る限りミルクを飲ませ、飲み残した分を注入するようにしていた。
しかし、次第に拒否が強くなり、注入に頼る割合が多くなる。

 

 

――――1才―――――

 

・2013年10月

風邪から喘息発作をおこし、入院する。
退院後から、自宅でパルミコートの吸入を朝と晩に毎日継続してやることになる。(現在も継続中)

・2013年12月

胃腸炎で入院。
この頃、ミルクをほとんど口から飲まず、約8割~9割を注入。(口から一日に100~300ml程度、一日のトータルで800ml。)※20%濃いミルク
離乳食は少量食べているが、むせやすくて形態を進めることができず、まだ粒が小さくてとろみが上手についたものしか食べられない。
体重7,300g

 

・2014年1月末

風邪をひく(発熱、嘔吐)

・2014年2月

1月末の風邪が治った直後、胃腸炎にかかる
強い吐き気が治まった後、下痢が1週間以上続く。
下痢が治まった直後、また風邪をひく。鼻水、痰が多くなり、咳も増える。

・2014年2月13日

風邪から喘息発作をおこし、入院。
翌日、喘息大発作となり、ICUに入り人工呼吸器を挿管することとなる。
多臓器不全。

・2014年2月18日

静岡県立こども病院PICUへ転院

・2014年2月23日

人工呼吸器から離脱

・2014年2月28日

県立こども病院、一般病棟に移る。脳に軽度の障害が残ったとの診断を受ける。

・2014年3月15日

県立こども病院を退院する。体重7,100g
退院後、数日して、離乳食を与えてみる。良く食べる。(おかゆやペースト状のもの各40g程度)
まるで、今までの記憶をなくしてしまったかのよう。4月の中旬まで良く食べる。食べるペースも速い。
哺乳瓶でミルクを与えるのをやめる。一日にミルク900ml程度、全て注入。
この時に、昭和大学の田角先生を受診していたら、すぐに栄養チューブを抜くことが出来ていただろうと、後に田角先生を受診した際に言われる。

・2014年4月

小児のリハビリ施設に通院を始める。
PT、OT(摂食指導)を開始する。
4月中旬より、食べムラが出てくる。それなりに食べるとき、少ししか食べない時がある。

・2014年5月

胃腸炎、喘息発作で入院

・2014年6月

6月中旬、リハビリ施設での摂食指導により、それまで昼と夜の2回食にしていたのを、朝昼夜の3食にした。
しかし、朝はどうしても食べる気分になれないらしく、ほとんど食べない。それでも3食を続けているうちに、昼も夜も食べたくなくなる。
数サジしか食べなくなる。

・2014年7月1日

リハビリ施設にて、拒食の状態なので、食事ストップするように指導を受ける。
この時、スプーンを見ただけで嫌がる状態。ミルク1000ml程度、全て注入。

・2014年9月

汁物ならスプーンで数サジ飲むようになった。体重9,900g

・2014年10月

一人歩きが出来るようになる。

 

――――2才―――――

・2014年10月~12月

汁物を飲む量が少し増える。
お味噌汁、コーンスープ、ホワイトシチューを少しお湯で薄めサラサラにしたもの(具は取り除いたもの)、野菜スープなど。
気が向くと40mlぐらいスプーンですする。
しかし、数サジしか飲んでいないのに激しくむせて吐いてしまうこともある。

・2015年1月~6月

家族が食べているものなど、固形のものについては、興味はあり、すぐに自分で手に持って舐めるところまではする。
ただし、一口入れたとしてもその一口を、いつまでも飲み込まずにいて、しばらくしてむせて吐きだすか、べロッと出す時もある。体重10.7kg。

・2015年2月

フォローアップ外来の指導で(血液検査の結果)ラコールの注入を始める。
ラコール100~150ml/日、ミルク800~900ml/日※20%程度濃いミルク

・2015年3月

県立こども病院の歯科・摂食外来を受診する。
典型的な拒食との診断で、麦茶やスープ状のもの以外の拒否しているものについては、全て食事ストップ。
液体はコップ飲み又はスプーン飲み(飲んでもごく少量)している状態。

・2015年3月下旬

風邪から喘息発作(中発作)をおこし、入院する。

・2015年5月より

市内の児童発達支援センターへ週に1回母子通園を始める。その他、週に1回園庭解放にも通う。
周りの子供たちや先生の様子を見て、自分も同じことをするのが好きな様子。とても楽しそう。

 

・2015年6月

昭和大学田角先生を初めて受診する。
この時、20%濃く調乳したミルクを注入していたが、濃いミルクをやめ、等倍のミルクにするよう指示を受ける。
その他、手づかみ食べ出来るような固形物や、ウィダーインゼリー、コーヒー牛乳などを試してみるようにアドバイスを受ける。
この時、体重10.8kg

 

受診時の状態
・注入一日のトータルで約1000ml
シリンジで注入、50ml×3~4回(30分おき)を1日に6回
ラコール100~150ml
ミルク800~900ml※20%程度濃いミルク→これを等倍のミルクにする。
・液体(麦茶・味噌汁の汁など)はコップ飲み又はスプーン飲み(飲んでもごく少量)
・固形物は与えていない(食事の皿にも出さない)→これを試すことにする。
・家族が食べているものを持ちたがり、自分ですぐに口に持って行くが舐める程度。
一口かじりとっても、ずっと口の中に入れたまま飲み込まない。やがてむせて吐きだす。

・2015年7月

田角先生、2回目の受診。
スープ類を飲む量が若干増える。気分が向いて飲む時が増える。
相変わらず、おせんべいやポテトチップスなど、固形のものについては、口には入れるが口から出してしまう状態。
ただし、この1カ月で口から出すのが上手になったので、激しくむせて吐くようなことは無くなり、固形物を試しやすくなる。
あまり進歩が見られない状況だが、田角先生は、上出来ですと誉めてくれた。
注入量を徐々に減らしていくよう指示を受ける。

・2015年8月

コーンポタージュスープなど、スープ類を飲む量が増える。
気分が乗ると、1回に150mlくらい飲むようになる。
ホワイトシチューは、それまでお湯で薄めてサラサラのスープ状にしていたが、薄めずにドロドロの状態でも食べるようになる。

・2015年9月

田角先生、3回目の受診は風邪をひき、延期してもらう。
受診の間があいてしまったので、メールにて指導を受ける。
9月上旬に、6才のお姉ちゃんが卵ボーロを食べていた時に、自分で手を出し16個食べた。
それを機に、色々な物を食べるようになる。
更に注入量を減らすように指示をうける。
最初のブームは卵ボーロだったが、飽きてくると、次はチップスター、ピックアップを食べるようになる。
その他、豆腐(味噌汁、甘口の麻婆豆腐の豆腐)、カレーのジャガイモ、おでんの里芋などを食べるようになる。
これらの物に飽きると、次は人参ブームが訪れ、肉じゃが、シチューの人参だけをひたすら食べる。

 

――――3才――――

・2015年10月

田角先生、3回目の受診
食べる様子を見てもらう。この時、一日の注入量はラコール300mlのみ。
チューブを抜くことにチャレンジするよう指導を受ける。
この時、体重9.9kg
食べるようになったことは嬉しいが、初めての受診の時から注入量をどんどん減らしているので体重の減少が気になる。
受診後に、チューブを抜いてみるが、抜いた2日後に風邪をひき、一旦食欲が落ちて元気がなくなってしまった為、チューブを入れる。
風邪の回復を待ち、再度、抜管にチャレンジしようと思っている。
現在は、人参に飽きて、麺類ブームが訪れる。
柔らかく煮たうどんやスパゲッティー、ラーメンを短く切った物を食べる。
その他、梨やポテトサラダのキュウリ、柔らかいパンも少し食べ始める。
今後、チューブを抜くための課題は、朝食です。
昼食、おやつ、夕食はそれなりに食べてくれることが多くなったが
朝食をどうしても食べる気にならず、ごく少量しか食べない。飲み物も少量しか飲まない。
朝起きた後に、100mlほどミルクを注入すると、食べる意欲が出て食べ始めることがある。食べるためのエネルギーが必要な様子。
でも、それだとチューブを抜くことが出来ないため、悩み中です。
ここまで来るのに、遠回りをしてしまったという後悔の気持ちもありますが、NICU退院後8カ月で栄養チューブを入れることになった時には、
そうするしか無かったという思いもあります。
また、喘息大発作を起こし、全国的にも有名な静岡県立こども病院のPICUで一命を取り留めて頂いたという経験があったので、
今ここに元気に生きていることが幸運だという思いが強く、チューブを抜きたいという思いが後回しになってしまいました。
喘息大発作を起こし、軽度の障害が残ったと言われた時にはショックでしたが、退院後に驚くほどの回復を見せました。
退院した直後に、良く食べた時期があり、その時に田角先生を受診していたら、すぐに管を抜くことが出来たと、後に田角先生を受診した際に言われました。
でも、もしその時に田角先生を受診していたとしても、その時の私には、注入量を減らしていくという指示に従うことは出来なかったと思います。
その時は、毎日、昼夜問わず注入を頑張って、体重を増やし、体力をつけて、風邪をひかないように、喘息発作を起こさないようすることが、私の一番の目標でした。
注入を頑張りすぎた為に、子供を拒食にしてしまったという後悔もあります。
でも、毎日注入に明け暮れる生活を続けたことで、体が大きくなり、一人歩きが出来るようになり、色々な発達が進みました。
初めて田角先生を受診した時には、自分でスプーンを持ちスープ類を口に運べるようになっていました。
そのことは、本人の食べる意欲を引き出すのに役に立ったと思っています。
今でも、私が食べさせようとすると嫌がることが多いので、極力、自分でスプーンやフォークを持たせて、こぼしても良いから自分で食べさせるようにしています。

 

その後、2回目の抜菅トライでは順調に3日間過ごせていたのですが、4日目で38度台の熱が出て一口も食べず飲まずになり、断念して管を入れました。
とりあえず、体調の良い時だけは管を抜けるようになったけれど、体調を崩すと、途端に食べることも飲むことも拒否することが分かりました。

 

子供の摂食のことで悩んでいる方にとって、この体験談が少しでも参考になったり、希望や励みになることを祈って、書かせて頂きました。

――――追記――――

10月の受診でチューブを抜いてみるよう指導を受け、それ以降、4回目の抜菅トライで現在チューブ無しの生活を送ることが出来ています。
4回も抜菅トライをすることになった理由は、その間に度々風邪をひき、咳がひどくなったり熱を出したりすると、
途端に食べること飲むことを嫌がるようになり、水分も取れなくなってしまう為です。
体調が良い時は色々な物を良く食べています。朝食も食べるようになりました。
食べる物の種類や量が日に日に増えて行く様子を見ると、食べることの楽しさや美味しさ、満足する気持ちを知ることが出来たんだなと思います。
少しの粒があると、ひどくむせてしまって吐いていた離乳食の時期を思い出すと、
ラーメンや焼きそば等の麺類をベビー茶碗に3杯も食べたり、お団子を一串全部食べてしまうことが、信じられない気持ちです。
10月始めより、市内の療育施設に週に2回単独通園を始めましたが、療育の給食では、家では食べないようなメニューも意欲的に食べている様子で、
安心して通わせることが出来ています。
11月の受診で、ひとまず田角先生の受診は終了となりました。
かなり体の弱い子なので、これからも、体調を崩した時にはチューブを入れざるを得ない状況があると思いますが、
一時的な点滴の代わりだと考え、体調が回復期に入ったらすぐにチューブを抜けば大丈夫だと、田角先生から指導を受けました。
つばめの会に入会させて頂き、同じ様な体験をしている方々の投稿に励まされてここまで来ることが出来ました。
本当にありがとうございました。