活動報告

子供の偏食について ~イシゲスズコさんの場合~

つばめの会には経管栄養でなくても偏食だったり心配になるほど小食なお子さんのご家庭も多く参加されています。

昨今は偏食や食べないこどもの改善に向けた対応方法の情報も少しずつ増えてきました。

そういった具体的な情報は貴重で大切ですが一方で親の気持ちはどうでしょう? 

悩みが深ければ深いほど、親は子供の食事にまつわる行動も自分の気持ちの保ち方もわからなくなります。

本日は、ブログやtwitterで子育てや地域や家族や暮らしについて文章を披露されているイシゲスズコさんが、食べない子供の親の立場で考察をされていたので、お願いしてご寄稿いただきました。

専門家による解説ではなく、あるべき正しい親の姿勢についてでもありません。わが子の食事に悩まれたイシゲスズコさんがそのご経験を、ほかの親も参考になる文章で書いてくださっています。きっと参考になったり、新しい見方となる方がいらっしゃると思います。迷ったときに読んでみても良いかもしれません。イラストはつばめの会の山根によるものです。

 

(以下 イシゲスズコさんよりご寄稿文)

こんにちは、イシゲスズコと申します。

発達障害の診断のある中学生を含む、4人きょうだいの母です。

日常のこまごまとしたことをグルグル考える癖がありまして、その過程や考えたことをTwitterで呟いたり、ブログにまとめたりしております。

今でもそれぞれに好き嫌いのある子どもたちですが、特に幼児期に偏食がひどかった時期があった子もいます。

特定のものしか食べなかったり、同じものばかり食べたがったり。

私から食べ残しを指摘されるのを避けるためか隠れて捨てるような事件が起こったこともありました。

食べない子との暮らしはストレスと背中合わせですよね。

子どもがこっそり食べ物を捨てていたときには「このままではいけない」と強く思ったのを覚えています。

今回はそれらの経験の中から「食べない子」について自分の頭の中を掘り下げて考え、整理していった過程について書かせていただこうと思います。

「なぜ食べないのか」には向き合わない

子供が食べない、という困難に直面したとき、保護者としてやはり最初に出てくるのは「なぜ?」じゃないかな、と思います。私もまずそう思いました。

また、周囲に愚痴ったり相談したりした時に「なんでだろうね」「何か理由があるんだろうね」など言われたりすることもあると思います。

 

「なぜ」は保護者としてもとても気になってしまうトピックだと思います。

でも、私は素人である保護者が単独でこの謎の解明に立ち向かうのは、オススメはしません。とてもしんどい上に、実りがものすごく少ない可能性が高いから。

簡単に突き止められそうならそうすればいいのだけれど、現実はそんなに簡単ではありませんよね。

いろいろな要因が複雑に絡み合っていることもあるし、こちらが足踏みをしている間に子どもの方が成長してポンとハードルを飛び越えてしまうこともある。

これは食べないという問題に限った話ではないかもしれませんが、直面している困難は子どもの成長や時間の経過に伴って状況は刻々と変わっていきます。

「なぜ」という素人では取り扱うのが難しい問題にとらわれて苦しむ時間を費やすくらいなら、とりあえずそれはわきに置いておいて【いま】に対応していくことの方がずっと得るものが大きいと、経験上思っています。

 

次のステップは、目の前の我が子を観察すること。

「なぜ」は素人が考えても仕方ないのでとりあえずそのままにして、次のステップに進みます。

目の前の我が子を観察します。

  • 1週間くらいの長めのスパンで、何をどのくらい食べているか
  • 栄養状態は良好に見えるか(体重の変化、元気の良さ、便の状態、顔色や肌ツヤなど)
  • 体調はどうか(風邪を引きやすい、鼻水が絶えない、嘔吐や下痢が続く、等)

など、子どもが健康に見える状態かどうか、に着目します。

気温や天気などと一緒に、何をどのくらい食べたか、体調や機嫌はどうか、など記録をとったりするのも良いと思います。

私はTwitterでそれ用のアカウントを作って思いつくままにツイートしたりしていました。

自分だけの個人用のLINEグループを作ってそこに記録するのも良いと思います。

スマホを活用すると手元だけで簡単にメモが取れ、わざわざ日付を書き残さなくても自動的に時系列で記録を残せます。

後日、園や学校の先生、お医者さんなどと話すために書き出すときにも便利です。

 

この段階で、気になるところがあるようであれば専門家につながる必要があるだろうと思います。

小児科に相談し、しかるべき診療や検査を受けた方が良いかもしれない、という判断です。

逆に「健康面は大丈夫そう」と見えたら医療にすぐ繋ぐ必要はないかもしれません。

この段階で他の家族や周囲の育児経験のある人たちにお子さんの様子を一緒に見てもらうのも、有効だと思います。

我が家では末っ子がアレルギーがあるのでその部分はお医者さんに相談しつつ、他の子たちに関しては医療につなぐことなく様子を見てきました。

 

「健康で、でも食べない子」への思いを整理する

目の前の子どもが、とりあえず健康そうにしているけれど満足に食べていない、または偏食がひどい、という状況になったとき。

私、まず自分を責めてしまっていました。

丁寧に料理して食べさせようとしないといけないのかな、生活の時間管理が良くなくてお腹が空かないのかな、とか。

栄養のバランスのとれた食事を作るよう頑張り、それでも食べない子どもに苛立ってしまうこともありました。

台所のシンクの奥に私に隠すように食べ残しを捨てていたのを見つけたとき「これはいけない!」と思い、行動を見直す必要を感じました。

まず向き合ったのは、自分の中にあるこの問いです。

「なぜ私は、元気に生きているこの子に『(自分が思い描く食事を)食べさせたい』と思っているのか」

 

私はまず栄養のバランスの心配が浮かびました。

また、好き嫌いをしたまま大きくなることが心配だったり、同じものばかり食べることそのものへの抵抗がありました。

裏切られているというと大げさですが、自分の作ったものを食べてくれないことで自分を否定されるような悲しい気持ちがどこかにあったのも覚えています。

それらを箇条書きにして、ひとつずつ掘り下げて考える作業に入ります。

 

「食べない子」に向き合うための自分整理

栄養に関して。

園では食べる日もあるし元気にしているから大丈夫じゃないか、と思い直す。

末っ子はアレルギーの関係で定期的に血液検査をしていて、栄養状態も見てもらっていたので、それが安心の指標にもなりました。

好き嫌いに関しては、症状が表にでず本人にわずかに感じる程度のアレルギーの可能性も否定できないから無理はさせない方が良い、と考える。

また無理強いをして拒否感が強く残ると将来的に食べられる可能性が薄まってしまい、逆効果だろうという考え方もできる。

 

同じものばかり食べることへの抵抗はどこからくるんだろう…

苦手なものも頑張って残さず食べている他のきょうだいへの負い目がある?

じゃあその子の頑張りをもっと評価してあげればいいし、その子にも無理を強いなければいいのであって、食べない子に背負わせる話ではないのかもしれない。

同じものばかり食べる、ということは、同じものなら食べる、ということでもある。

つまり私は同じものだけ用意すればよく、むしろ手を抜けるのでは…!

こんなふうに、頭に浮かぶことをひとつひとつ丁寧に分解して考えていきました。

 

見えてくる「私の不安」

湧いてきた自分の抵抗の気持ちをひとつずつ整理し、本当に目の前の子に頑張らせたほうがいい課題かどうか、と考えていきます。

なぜ自分がそこに辛さを感じているのかをひとつずつ、徹底的に掘り下げていくといろんなことが見えてきます。

「食べさせたい」という思いの大部分は、子どものことを心配しているようでいて、実は自分の不安が主なことがわかってきました。

 

「食べない我が子」という子を主体にした悩みだったはずのものが、だんだん「食べない我が子と向き合う自分」という自分のことにシフトしていくころ、子どもとの関係もだんだんと落ち着いていったような気がします。(この辺りから、食べ物を隠れて捨てることは激減しました)

 

狭くなりやすい視野を、少しだけ広げてみよう

育児を長くやっていて思うことの一つに、つい視野が狭くなりやすいな、ということがあります。

「食べない」はその最たるもので、周りの子とつい比べてすごく気になってしまうことのひとつじゃないかなぁと思います。

 

目の前の子どもが食べない、そのことに気持ちが集中してしまうとつい見逃しがちになってしまうことはたくさんあります。

例えば、大人は食べる量を調整したり栄養素を意識したりすることができます。

でもそれはあくまでも知識があるから、なんですよね。

 

野菜も食べなくちゃ、と思うとき「なぜ野菜の栄養素が必要なのか」「野菜を食べるとどんな良い効果があるのか」が頭にあるから行動も取りやすくなる。

健康な食事を心がけないとどんな病気になるかを知っていたり、実際に体を壊した人を知っていたりもする。

でも子どもたちには大人が当たり前に持っているその知識や経験はありません。

子どもたちの「食べたい」「食べたくない」は大人よりもっとシンプルな感情なのかもしれません。

感覚の過敏さがある子は他の人が感じないような舌触りや匂いの変化を敏感に察知して嫌がったりすることもあります。

また、強い症状は出ないけれどアレルギー症状のある子が、喉の違和感を訴えたりすることもある。

言葉を巧みに使えるようになってその不快感を上手に表現できるようになったら伝えられるようにもなる日も来るかもしれない。

でもまだ幼い子たちには伝えるすべは乏しく、嫌がることや泣くことしかできないかもしれません。

目標を遠くに設定してみる

好き嫌いをせずになんでも残さず食べる、というのは理想ではあるけれど、それを今すぐに親子で実践するのがとても辛いときもありますよね。

そんなとき、私は目標の到達地点を先延ばしにするようにしています。

数年後、十数年後、数十年後…「そのうちできるようになるといいなぁ」くらいに引きのばしてしまうんです。

一見「甘やかしている」ように見えるかもしれません。

人からそう言われることもあります。

でも、そばにいる保護者として「いまはまだ難しいけど焦らず見守っていればいつかできるようになるといいね」と思いながら暮らしていけば、そんなに道を外れることはないような気がしています。

 

好き嫌いの残る子たちとのこれから

偏食がひどく、一時期は食べる献立が2パターンくらいしかなかったりもしたうちの子たちも、給食ではなるべく頑張って食べるようになり、次第に新しい食材や違った調理法のものにも挑戦できることも増えてきました。

でも今も「偏食をしない」「好き嫌いがない」と言えるような状態ではありません。

将来に向けて不安がないわけではありませんが、大きくなってきた子どもたちに対してもう私が解決してあげる問題ではないような気がしています。

これからは体のことを考えながら自分で食べる物を選んでいく力を養っていく方を優先していくターンに入ってきているのかもしれません。

 

 以上、文章:イシゲスズコさん (イシゲスズコさんブログはこちらtwitterはこちら

 

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2020.12.21